歪められた真実
働いている。でもそれだけである。働くことに何の意味があるのか。ただ食べるためなのか。
碧は横で身体を拭いていた。私はベッドから立ち上がりコーヒーを入れに台所に立った。
コーヒーいるか。一人分入れるのも二人分入れるのも同じだ。「お願い」碧のどこか沈んだ声が聞こえた。
碧はブラックである。砂糖は一切口にしない。その代わりミルクを多めに入れる。
今日は金曜日である。俺は週休二日制だから明日は休みである。しかし今日も身体が怠い。
毎日朝が来ると会社に行きたくないと言う気持ちが襲ってくる。仕事に何の意味も見つけられないのだ。
頭がキーンとする。顔を台所で洗う。うちには洗面所なんてしゃれているものはない。碧は洋服に着替えて俺と自分の弁当を作っている。
碧は銀行で働くキャリアウーマンで月給は俺の倍以上もらっている。俺は広告会社のパートである。
碧は帰りはだいたい7時過ぎているが俺は6時には帰る。俺は会社の帰りにスーパーで買い物をして晩ご飯を作る。
これでも料理の腕はあると思っている。趣味のひとつに料理番組を見ることがある。
得意料理は煮物とスパゲティと酢豚である。煮物はさすがの碧もあなたには勝てないわと言っている。
今日の弁当のおかずも俺が昨日作った肉じゃがの残ったものが入れてあるはずだ。
俺は碧と一緒に暮らしているが結婚はしていない。
ある日俺は会社の帰りに無法地帯に行った。無法地帯と行っても一般人も歩いている。
金曜日はだいたいそんな感じだからふたりの間には暗黙の了解が出来ていた。もちろん碧には無法地帯に行くなどとは行っていない。
映画を見に行くと言うことになっていた。碧は家に帰っても勉強している。俺にはもったいないくらいの女だ。
すごい努力家で負けることを嫌がるタイプだ。俺は勝ち負けはいっさい関係ない生き方しかしてこなかった。
何故無法地帯に行くのかというとそこにいる徹と言う爺さんに会いに行くためだ。爺さんはいつも腹を空かしていた。
爺さんは浮浪者なのだ。何で知り会ったかって言うと爺さんが道ばたに倒れていたからだ。
無法地帯で倒れている人は珍しくない。それは飲んだくれてのことだからである。しかし爺さんは違っていた。
まるで存在感がないように塵のように弱々しく横たわっていたのだ。もちろん通り過ぎる人々の中に声をかけるものはいない。
「どうしたんですか」と声をかけると爺さんは俺の目を見て「しばらくまともなものを食べてないんじゃ」と言った。
それが始まりである。爺さんは毎日だいたい炊き出しを食べている。しかしそれは味も素っ気もないものでそれだけだったら栄養失調になるはずである。しかし爺さんにはそれしか生きていく糧がなかった。要するに金曜日は爺さんに何か食べる物を持っていく日なのだ。
